テロリズムの罠 左巻 ―新自由主義社会の行方―

テロリズムの罠 左巻  新自由主義社会の行方 (角川oneテーマ21)

テロリズムの罠 左巻 新自由主義社会の行方 (角川oneテーマ21)

久しぶりに目にした著者の一冊。
いつもの事ながら、私の考えが及ばないような深い視点での論理付け解釈がなされており、今の日本及び世界で起こっている出来事を理解するのに役に立つと私は考える。

副題に“新自由主義社会の行方”とされている通り、この一冊は今の世界大不況を招く原因となった「新自由主義」について書かれている。
普通に生活をしているだけではただの「資本主義」と今の「新自由主義」との違いが分かることは先ずないんだと思う。どんな理屈がそこには込められているのか、そしてこの不況の先にはなにが待っているのか?
今の社会、これからの社会をちょっとよく知るためには目を通しておいて損はない一冊だと感じた。

さて著者は“あとがき”において
新自由主義社会の行方についてしるした本書の論考を読み返し、確かに明るい絵は描かれていない。」
新自由主義からよいものは何も生れてこない。」
としている。

しかし続く部分で、「新自由主義」について次のように記していた。変に何箇所か抜き出すよりそのままの方が良いと判断したので、非常に長くなったがそのまま記す。

小泉純一郎氏と竹中平蔵氏が進めた新自由主義的改革は、不必要であったのか?あるいは、別の改革の道があったのだろうか?私はそのような問いには意味がないと思う
 あの改革は必然だった。ここで小泉純一郎氏、竹中平蔵氏という固有名詞は重要ではない。ソ連の崩壊(自壊)という歴史的現実が重要である。ソ連が労働者と農民の国家であるというのは虚構だった。また、ソ連がロシア人が他の少数民族を抑圧して成り立った帝国であるという見方も間違えている。それならば、ロシア人の血が流れておらず、ロシア語を自由に操ることができなかったグルジア人のスターリンがソ連の独裁者として君臨した事実を説明できない。
 あの国は、ソ連共産党中央委員会という絶大な権力をもつが責任は一切負わないという官僚集団が権力の中心にいる、不思議な帝国だった。この権力の中心が、ソ連の最大民族であったロシア人も情け容赦なく弾圧したことは、ソルジェニーツィンの『収容所群島』を読めばよくわかる。
 資本主義国はソ連の影響力を過大評価した。自国の資本家が労働者を過度に搾取すると社会主義革命が起きるのではないかと恐れた。そして、国家が経済に介入し、労働者の保護や雇用確保を促進し、さらに社会福祉を推進した。
 ソ連型社会主義の脆弱さは1980年に入ると明白になった。そこで資本主義国は、活力を取り戻すために「大きな政府」から「小さな政府」への転換を始めた。1991年12月のソ連崩壊で、資本主義国が社会主義革命を恐れなくなった。その結果、露骨に新自由主義を推進するようになった。
 新自由主義はアトム(原子)的世界観をとる。ばらばらになった個体(個人・企業)が市場での競争を通じて、最適の配分がなされると考える。新自由主義を究極まで推し進めると「規制緩和」ではなく「無規制」になり、「小さな政府」ではなく「無政府」になる。新自由主義は、国家を認めないアナーキズムと親和的なのである。
 もっとも、資本主義的な経済主体はどこかで力によって保護されなくてはならない。そうでなくては、競争に勝利して成果を得ても、暴力によってその成果が簒奪されてしまう危険性があるからだ。国家は、合法的に暴力を行使することができる。しかも、自国の領域内では、合法的暴力を独占することができる。資本主義的な経済主体は、その本質において国家の庇護を必要とする。新自由主義が称揚したグローバル資本主義が、東西冷戦後の唯一の超大国である米国と結びついたのは、当然のことだ。
 新自由主義による市場原理主義は、森羅万象を商品にする傾向がある。そして、金融派生商品(デリバディブ)という実体経済から著しく乖離した投機に新自由主義は流れていた。このような賭博経済がいつか破綻することは明白だった。そして、2008年9月の米国証券会社リーマン・ブラザーズの破綻でそれが現実になった。その後、第二次世界大戦後初めての不況が世界を覆っている。各国は国家機能を強化することで、危機から抜け出そうとしている
 しかし、新自由主義において、人々が個体に分断されてしまったために、民族や国民としての連帯感が稀薄になった。日本の場合、旧来の村落共同体が解体された後も終身雇用制のもとで、企業(会社)を社会と見立てる「会社主義」が機能していた。しかし、新自由主義の浸透とともに契約社員、派遣社員などの非正規雇用が拡大し、企業を中心とする労働者の連帯感は薄れてきた。
 また、証券市場の拡大とともに、会社は社員のものという常識が通用しなくなり、会社は株主のものという金融資本主義の論理が支配的になた。株主の利益に応え、収益が上がらない企業は、リストラを余儀なくされ、正社員であっても終身雇用が保障されない時代が到来した。
前掲書 P.230-233

こうやって見ると、ひどく滅茶苦茶な状態に陥っていることが想像できる。弱く力の無い状態に日本はなっているようだ。
これからどうなっていくのだろうか?
私にはまだ変化の先を見ることが出来ない。著者の文章により一つの解を得るだけ、しかしそれは自分の解ではない。私にはまだ知らないことばかりだ。

新自由主義」の現状、そしてこれからを考えるのに役立つ一冊であった。
次は同時刊行されたテロリズムの罠 右巻 忍び寄るファシズムの魅力 (角川oneテーマ21)を読むことにする。