国家の[[罠]]〜[[外務省]]の[[ラスプーチン]]と呼ばれて〜

一言、非常に面白かった。もっと早くに呼んでおけばと後悔している。
拘置所内の出来事や、著者が普通の日常からある日を境にして犯罪者へと仕立てられていく・・・。そして、検事との攻防。まさにドラマティックであった。
当時のニュースを思い出しながら読み進めていったのだが、当時疑問に思っていた事柄の答えがそこには記されていた。

国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて

国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて


同時に、この事件によって佐藤氏が今後外交の舞台から手を引かれてしまうのは残念でならないと思う。
佐藤氏はこの著書を書かれるにあたって「太平記」参考にされたそうである。そして、「太平記」の世界像に照らすならば、鈴木宗男氏や著者自身は「天狗」という表現で描かれたであろうと言われている。

天狗は世のため人のためよかれと思って事を進め、それは確かに成果をあげるのだが、当時のエリート官僚に認められなかった。

そしてその後にこう結ばれている。

困難な外交交渉を実行するために、日本国家が天狗の力を必要とする状況は今後も生じるであろう。そして、天狗の善意が再び国策捜査によって報いられることもあろう。これについては「運が悪かった」と言って諦めるしかない。それでも誰かが国益のために天狗の機能を果たさなくてはならないのである。少なくとも私はそう考えている。過去の天狗が自らの失敗について記録を残しておけば、未来の天狗はそれを参考にして、少なくとも同じ轍は踏まないであろう。これが私が回想録を執筆するに至った主な動機である。

寂しい、佐藤氏にこそ今一度「天狗」となって世のために活躍してもらいたいと思うのは私だけではないはず

これを機会にこの事件に関する佐藤氏の他の著書も読んでみようと思う