外交敗戦〜130億ドルは砂に消えた〜

外交敗戦―130億ドルは砂に消えた (新潮文庫)

外交敗戦―130億ドルは砂に消えた (新潮文庫)

著者の作品は数冊読んだが、前回読んだものや今回の一冊は実際の出来事を三人称の立場でただ歴史として綴られており、読みやすい一冊であったと思う。
書かれている内容には、同じ日本人であるならばどこもかしこも歯がゆさを感じることになるだろう・・・。
それは、米国相手でもあるし、自国の政府、外務省や大蔵省の各省庁に対してである。そしてまたそれらの実体を知らない私たち自身に対してでもある。

作中で印象的だったのは、第3章の「日本への遺書」は読んでいてとても辛かった・・・。

さらに以下の文章に示される通り、その時の我が国は130億ドルもの拒否を拠出したにも関わらず評価されなかった。これはある米国高官の話である。
日本は特別な批判を受けてしかるべきだ。そのもてる財力を思えば、不承不承、仕方なく財布を開いたと言えないか。だが問題なのは、日本が約束した金額そのものではない。日本に拠出を呑ませるためにわれわれはどれほど大変な思いをしたことか。ようやく金を出すことになったと思ったら、もったいぶってなかなか渡そうとしない。渡されてみると、当初約束したドルベースの金額より円建ての金額は随分少ないものだった。おまけに使い道を制限するヒモまでついている

である。なんとも腹立たしい。
これらの湾岸戦争時の我が国の外交における敗戦を著者は以下のように評する

本来、官僚組織を統括すべき政治指導部は、有って無きがごとき存在だった。この国の高度成長が軌道に乗り出した頃から、政治家たちは意志決定の大半を官僚機構に安易に委ねるようになっていたのだ。こうした国においては、行政官は過大な政治責任をも実質上担わなければならず、現に、平時にあっては政治の意志決定にも関わってきた。だが、ポスト冷戦の秩序の創出をかけた局面に遭遇しても、官僚たちは自らの領域で日常の細かな決定を積み重ねていくという従来の行動様式を改めようとしなかった。霞が関の砦には省旗だけが翻り、国の意志の所在はつきとめようもなかった。省益あって国益なし。日本は針路を適確に定めることができず、湾岸危機の円形劇場で、ひとり迷走と躓きを演じたのだった・・・。

まさにそうでったのだろう。これは今の日本もそのままであると感じてしまうのは僕だけではないはず・・・。