失われた場を探して 〜ロストジェネレーションの社会学〜

失われた場を探して──ロストジェネレーションの社会学

失われた場を探して──ロストジェネレーションの社会学


昨年末に入手していて、何度も読み返しつつようやく読み上げた。
読んでいて、そう、なんと言うのか正にロストジェネレーション世代である私には著者の言葉がストレートに私の内側に響き、自分が過ごした高校・大学時代の事が思い出された。
うまくは言えない事なんだが、当時を振り返ってみると物知らずな学生の身分ではあったが、バブルが崩壊した後の世の中を見てただ漠然と「時代が変わったんだなぁ」と感じていた。具体的に何がどうであったかは解らない、ただそう感じていたのだった。
今回この一冊を読んだことで、当時感じていたことに答えが得られたように感じる。

先ずは中山さんがこの本を紹介されている時に記されていたエピローグの最後の部分を私も記しておきたいと思う。

人々は、学校や一つの会社だけでなく、さまざまな「場」でスキルや能力を身につけることができる。その事を忘れないでほしい。これまでの仕事の経歴が「まだら模様」だということだけで先入観をもってみるのではなく、そうした経験を通じてその若者が強い意志を育み、人間として成熟し、自分を知ることができたかどうかを見てあげてほしい。(すべての若者がそのように成長できたなどと言うつもりはない。しかし、ロストジェネレーションの若者のなかにもきっと「宝石」は見つかる。そういう若者が何ができるのかをしっかり見て、うまく背中を押して会社のためにいい仕事ができるよう促してほしい。)
 ロストジェネレーションの若者に言いたいのは、自分を見極めてほしいということだ。有名なコンピュータゲーム作家やマンガ家、ファッションデザイナーになって活躍できる人は、世界中でもほんの一握りにしかすぎない。あなたがその一人になれる可能性はとても少ない。けれど、ほとんどの人は、ある程度満足できて、誇りを感じられる要素がある仕事に巡り会えるはずだ。
 すぐには見つからないかもしれない。それでも、あきらめずに探し続けてほしい。あなたがどういうタイプの人間であっても、学歴や偏差値がどうであっても、そういう仕事はきっと見つかる。まず、自分の得意なことを見つけること。そして、その得意なことを武器に、新しい環境にどんどん乗り出していこう。
 いまは二十一世紀。あなたの「場」は、日本の中だけではない。世界全体があなたの「場」なのだ。
P.221-222

実はこの本を読んでいる最中にこのエピローグを何度か私の周囲の同僚に読んでもらった。同僚たちの中には高校や大学を卒業後、就職難のため改めて医療事務の仕事を身に付け派遣会社に登録、そして今の職場に勤務している者が多い。そういった中で色々と話をしていると、中にはどうしても今の仕事に馴染めない、自分のやりたいことと違うと感じながら仕事をしている者がいる。そういった同僚にはこのエピローグはとても訴えかけるものが多かったようだった。

そして以下の部分も私にはとても重要に感じられた。同じような内容は他の場でも言われたり書かれたりしていることだが、今の大不況下では本当に大切なことだと思う。個人にしても、国家にしても自分の狭い範囲のことだけではなくって、相手のこと、先ずは身近に居る人のこと、そしてそこから少しづつ離れていってもっともっと沢山の人(相手)のことを考え、そして理解をすることがこの先とても重要だろう。

二十一世紀の世界で必要なのは、ひとりひとりがもっと柔軟なものの考え方をすること、いろいろなタイプの人と良好な関係を築くこと、そしてさまざまなタイプの人たちが会社や社会、家庭、国家、世界平和と繁栄に自分なりの方法で貢献できる可能性があるのだと理解するこだと私は思っている。この点は、日本だけでなく、世界のどの国にも言えることだ。決まりきった狭い道を歩まなければ「一人前」の社会人として認めないという態度は、二十一世紀の社会がうまく機能するために最善の姿勢とは言えない。
P.218

自分とは違う、“異質”な存在であっても相手を認める。人は一人では、“自分”だけでは生きていけない。多くの人と付き合い、そして相手を理解し、知ることがこれからの大きな武器になると考える。


最後にこの本はとても素晴らしい一冊だと大いに思う。今までも機会がある毎に周囲の人たちに「読んでみては」と薦めていたのだが、これからもまた薦めていきたいと考えている。同年代やその下は勿論だが、私たちの親世代や私たちより少し上の世代(この辺りは子供たちがちょうど大学生や中学生が多い)にも薦めてみたいと思っている。
これは私たちの社会に対する意識を変える大いなるキッカケとなるはずだ。